「FBARを知らなかった」だけでは不十分?Streamlined ProceduresのNon-Willful Statementで本当に説明すべきこと
FBARを知らなかったという説明だけで、Streamlined Proceduresの非故意性は十分に伝わるのでしょうか。IRSが求める具体的事実、注意すべき事実、法的レビューの重要性を解説します。
はじめに
日本に銀行口座、証券口座、投資信託、保険商品などを保有する米国市民またはグリーンカード保持者が、後になってFBAR(FinCEN Form 114)や米国税務申告の義務を知ることは珍しくありません。その際、多くの方が最初に口にするのが、「FBARという制度をまったく知りませんでした」という説明です。
この説明が真実であれば、もちろん重要な事実です。しかし、Streamlined Filing Compliance Procedures(以下「Streamlined Procedures」)におけるNon-Willful Certificationでは、「知らなかった」という一言だけで十分とは限りません。なぜ知らなかったのか、どのような理解のもとで過去の申告を行ったのか、外国口座に関する質問や助言に接したことがあったのかなど、周辺の具体的事実が重要になります。
Streamlined Proceduresは、単に過去の申告書とFBARを提出すれば完了する制度ではありません。納税者は、所得、税額、外国金融資産および必要な情報申告の漏れが、故意によるものではなかったことを、宣誓のうえで証明する必要があります。したがって、税務申告書の作成と同じ程度、場合によってはそれ以上に、Non-Willful Statementの内容が重要になります。
IRSがいう「Non-Willful」とは
IRSは、non-willful conductを、過失、不注意、間違い、または法律上の義務についての善意による誤解に起因する行為と定義しています。この定義からすると、FBARの存在を本当に知らなかったことは、非故意性を支える可能性があります。
しかし、ここで区別すべきなのは、「法律を知らなかった」という結果と、「なぜ知らなかったのか」という原因です。IRSのForm 14653およびForm 14654は、定義を繰り返すだけではなく、所得、税金、情報申告およびFBARを正しく申告できなかった具体的な理由の説明を求めています。つまり、「知りませんでした」は結論であり、それだけでは事実経過の説明になっていません。
Non-Willful Statementでは、納税者が当時どのような情報を持ち、何を理解し、何を誤解し、どのような行動を取ったのかを明らかにする必要があります。その事実の積み重ねから、単なる自己申告ではなく、善意の誤解、過失、不注意または間違いであったという結論が自然に導かれることが重要です。
なぜ「FBARを知らなかった」だけでは弱いのか
第一に、本人が制度を知らなかったという主観的な説明は、それ自体では外部から確認できません。IRSは、税務申告書、銀行資料、税務専門家とのやり取り、外国金融機関から受け取った書類など、客観的な情報と説明が整合しているかを確認できます。
第二に、納税者がFBARという名称を知らなくても、外国口座に関する申告義務の可能性を示す情報に接していた場合があります。典型例がForm 1040のSchedule Bです。Schedule Bには、外国金融口座の有無やFBAR提出義務に関する質問があります。過去の申告書でこの質問に「No」と回答していた場合、なぜその回答になったのかを説明する必要があります。
第三に、「知らなかった」という説明と、知る機会があったにもかかわらず意図的に確認しなかったという状況は異なります。民事FBARの分野では、実際の知識だけでなく、recklessness(無謀な無視)やwillful blindness(意図的に知らないままでいること)がwillfulnessの判断に関係する場合があります。Streamlined Proceduresを利用する前に、こうした不利な事実の有無を慎重に検討しなければなりません。
Non-Willful Statementで説明すべき具体的事項
説得力のある説明は、抽象的な表現ではなく、納税者固有の時系列と事実に基づきます。「納税者はFBARの申告義務を知らなかったため、FBARを提出しませんでした」という一文だけでは、一般的に十分な説明とはいえません。IRSが確認しようとするのは、さらにその先にある次のような事実です。
- なぜFBARを知らなかったのか
- どのような米国税務申告を行っていたのか
- 外国口座について税務申告書作成者に何を伝えていたのか
- Schedule Bの外国口座に関する質問に、どのように回答したのか
- 銀行、会計士、弁護士などからFBARの説明を受けたことがあったか
- 外国口座を開設し、維持した通常の目的は何だったのか
- 口座から発生する利息、配当、譲渡益を申告していたか
- FBAR義務を知った後、どのように対応したか
- 長年日本に居住していた
- 米国を幼少時に離れた
- 英語による米国税務情報に接する機会が少なかった
- 米国の税務・金融業界で働いた経験がなかった
- 日本の銀行口座を日常生活、給与受取り、住宅費または老後資金のために使用していた
- 誰が米国申告書を作成したか
- 作成者からどのような質問を受けたか
- 外国口座の存在を作成者に伝えたか
- Schedule Bを本人が確認したか
- 口座所得が申告されなかった理由
- FBARと所得税申告書が別の申告であることを知らなかった理由
- 何年間、どのような誤解が継続していたか
- 何がきっかけでFBAR義務を知ったか
- 義務を知ったのはいつか
- その後、どの程度速やかに専門家へ相談したか
- 過去の銀行明細をどのように収集したか
- 申告漏れを全面的に訂正しようとしたか
- 今後の申告体制をどのように整えたか
- Schedule Bで外国口座に関する質問に毎年「No」と回答していた
- 納税者が申告書に署名していた
- 税務申告書作成者に外国口座の存在を伝えていなかった
- 外国口座から多額の所得が発生していた
- 以前、銀行や専門家からFBARについて説明を受けていた
- FATCA、Form 8938、W-9など外国資産報告に関する通知を受けていた
- 口座名義、住所、郵送先または資金移動を不自然に変更していた
- 米国の課税または報告を避ける目的を示すメールや発言がある
- 申告義務を知った後も長期間対応しなかった
要するに、知識がなかったという本人の主観的な主張を、客観的な事実によって説明し、裏付ける必要があります。
説明に必要な三つの柱
実務上、Non-Willful Statementの事実確認は、「背景」「不遵守が起きた具体的経緯」「発見後の対応」という三つの柱に整理すると理解しやすくなります。
A.背景
納税者の生活、教育、職業および米国との関係を確認します。例えば、次のような事情です。
ただし、学歴や職業を必要以上に弱く見せるべきではありません。事実に反する印象を与えると、説明全体の信用性を損ないます。高度な教育や専門職という事実があっても、それだけでFBARの知識があったことにはなりません。正確な背景と実際の税務知識を分けて説明することが重要です。
B.不遵守が起きた具体的な経緯
申告漏れがどのように発生し、継続したかを時系列で確認します。特に重要なのは、次の事項です。
「会計士に任せていた」という場合も、それだけでは十分ではありません。Form 14653は、専門家に依存した場合、その専門家の氏名、住所、電話番号および受けた助言の概要を記載するよう求めています。
C.発見後の対応
問題を知った後の行動も、全体像を理解するうえで重要です。例えば、次の事項を確認します。
もっとも、発見後に迅速に修正したことだけで、発見前の行為が非故意だったと決まるわけではありません。発見後の対応は、あくまで全体的な事実関係の一部として評価されます。
1.納税者の個人的・職業的背景
出生地、居住歴、米国へ移住した時期、米国を離れた時期、教育、職業、英語力、米国税制との接点などを確認します。例えば、米国で生まれた直後に日本へ戻り、長期間日本で生活してきた方と、米国の金融機関や税務分野で勤務していた方では、同じ「知らなかった」という説明でも評価の前提が異なります。
もっとも、学歴や職歴を意図的に軽く見せるべきではありません。専門性の高い職業に就いていることが直ちにFBARの知識を意味するわけでもありません。重要なのは、本人の実際の背景を正確に示し、それが過去の理解や行動とどのようにつながったかを説明することです。
2.外国口座を保有した理由
日本の口座が、給与の受取り、住宅ローン、公共料金、家族の生活費、相続財産、退職資金または通常の投資のために開設・維持されたのかを説明します。日本に生活基盤がある方にとって、日本の銀行口座は「オフショア口座」ではなく日常生活の口座です。この認識が報告義務の誤解にどのようにつながったのかは、有用な背景になります。
ただし、通常の生活目的であったことだけでFBAR義務がなくなるわけではありません。また、秘密保持を求めた、米国への郵便を避けた、名義を不自然に変更したなどの事実があれば、その事実を無視して生活口座であったことだけを強調するのは危険です。
3.過去の米国税務申告の状況
誰が申告書を作成したのか、本人が自分で作成したのか、どの資料を作成者へ渡したのか、外国口座やその所得を伝えたのか、完成した申告書をどの程度確認したのかを整理します。
外国口座から発生した利息、配当または譲渡益を米国申告に含めていたかも重要です。所得を申告していたがFBARだけを知らなかった場合と、口座の存在も所得も税務申告書作成者に伝えていなかった場合とでは、必要な説明が異なります。後者が必ず故意になるわけではありませんが、なぜ情報が伝わらなかったのかを具体的に説明する必要があります。
4.Schedule Bへの回答
過去のForm 1040にSchedule Bが添付され、外国口座に関する質問へ「No」と回答していた場合、これは必ず検討すべき事実です。「申告書作成者が入力したので知りませんでした」という説明だけでは十分でない場合があります。本人がどのような質問を受け、何と回答し、完成した申告書をどのように確認したのかを確認します。
一方、Schedule Bが添付されていなかった、本人が質問の意味を誤解していた、外国口座を作成者に開示していたにもかかわらず説明を受けなかったなど、事案ごとに異なる事情があります。大切なのは、都合のよい結論を先に決めるのではなく、実際の申告書と当時のやり取りを確認することです。
5.専門家への依頼と助言
会計士や税務申告書作成者へ依頼していた場合、「専門家に任せていた」という一文では終わりません。Form 14653は、専門家に依存した場合、その専門家の氏名、住所、電話番号および受けた助言の概要を記載するよう求めています。
したがって、納税者が外国口座の存在を専門家へ伝えたか、専門家がどのような質問をしたか、FBARやForm 8938の説明をしたか、納税者がその助言をどのように理解したかを確認します。説明が事実であれば、専門家への善意の依存を示す可能性がありますが、関連情報を専門家に提供していなかった場合は、その理由も検討する必要があります。
6.義務を知った経緯と発見後の対応
いつ、何をきっかけにFBAR義務を知ったのかを具体的に記載します。外国銀行からW-9の提出を求められた、インターネットの記事を読んだ、新しい税務専門家から指摘された、友人との会話で初めて知ったなど、発見の経緯は人によって異なります。
その後、どの程度速やかに専門家へ相談し、銀行明細を収集し、訂正手続きを開始したかも重要な事情です。発見後の迅速な対応だけで、それ以前の行為が非故意だったと決まるわけではありません。しかし、問題を知った後に隠さず、全面的な是正を試みたことは、納税者の善意を理解するための事実の一つになります。
不利な事実を隠してはいけない
Non-Willful Statementは、納税者に有利な事実だけを並べるマーケティング文書ではありません。特に次のような事実がある場合、「知らなかった」という説明だけでは弱くなりやすいため、慎重な確認が必要です。
これらの事実が一つあるだけで、直ちに故意と判断されるわけではありません。しかし、後にIRSが銀行情報や過去の申告書から確認できる事実を説明から省略すると、Statement全体の信用性が損なわれるおそれがあります。不利な事実を正確に特定し、当時の本人の理解と行動を説明したうえで、Streamlined Proceduresが適切かを判断することが大切です。
弱い説明と具体的な説明の違い
弱い説明の例は、次のとおりです。
私は日本の銀行口座についてFBARを提出する必要があることを知りませんでした。申告漏れは非故意でした。
この文章は最終的な結論を述べているだけで、なぜ善意の誤解が生じたのかを示していません。これに対し、より具体的な説明は、例えば次のような構造になります。
納税者は日本に居住し、給与の受取りおよび日常生活費の支払いのために日本の銀行口座を使用していた。これらの口座を秘密口座または投資目的のオフショア口座とは認識していなかった。納税者は、米国所得税申告書を提出すれば米国に対する申告義務をすべて満たしていると誤解し、FBARが所得税申告書とは別にFinCENへ提出する報告書であることを理解していなかった。[具体的な経緯]によりFBAR義務を初めて知った後、納税者は専門家に相談し、過去の口座記録を収集して、未提出のFBARおよび関連する米国税務申告書の訂正を開始した。
この例も、テンプレートとしてそのまま使用すべきではありません。各事実が本人の証言、申告書、銀行資料および専門家とのやり取りと一致していなければなりません。具体的な説明では、日本での居住歴、口座の利用目的、米国申告を始めた経緯、過去の申告担当者との会話、Schedule Bの取扱い、外国所得の申告状況、FBARを知ったきっかけ、発見後の対応などを、一貫した時系列で示します。重要なのは文章を長くすることではなく、判断に必要な事実を漏れなく、矛盾なく、本人の言葉で説明することです。
インターネット上のテンプレートをそのまま使用することにも注意が必要です。よく整った文章であっても、本人の事実と一致しなければ、宣誓書として深刻な問題になります。抽象的な表現や法律用語を増やすより、いつ、誰が、何を知り、何を伝え、なぜその行動を取ったのかを明確にする方が重要です。
税務申告書の作成と法的リスク評価は同じではない
CPAその他の税務専門家がNon-Willful Statementの作成を補助すること自体が一律に禁止されているわけではありません。しかし、「作成できること」と、「過去の行為が非故意であるかを適切に評価できること」は別の問題です。
特に、過去の申告を担当した専門家が、その申告漏れに関するNon-Willful Statementも作成する場合には、自己レビューや利益相反の問題を検討する必要があります。作成者自身の質問や助言がStatementの重要な事実になることもあるためです。また、納税者が自分だけでStatementを作成すると、意図せず有利な事実だけを強調したり、重要な不利な事実を見落としたりする可能性があります。
法的レビューの目的は、文章を過度に防御的にすることではありません。事実を客観的に整理し、潜在的なwillfulnessの指標を確認し、Streamlined Proceduresが適切な選択肢かを判断することです。必要に応じて弁護士との相談を税務申告書作成業務から分離することは、相談内容に関するAttorney-Client Privilegeの検討という点でも意味があります。ただし、秘匿特権の適用範囲は、相談の目的、関係者、共有方法など個別の事情により異なります。
CHI Borderの対応体制
CHI Borderでは、過去の米国所得税申告書、FBAR、Form 8938、Form 8621などの税務コンプライアンス作業と、Non-Willful Statementに関する法的レビューを明確に区分することを重視しています。税務計算が正確であることと、納税者が行う非故意性の説明が法的・事実的に適切であることは、異なる確認作業だからです。
案件によっては、Fujimoto Law Corp.との別途の弁護士契約に基づき、事実関係のインタビュー、潜在的なリスクの確認およびStatementの法的レビューを行います。この分離により、税務申告書の数字だけでなく、なぜ過去の不遵守が生じたのかという核心部分を慎重に検討できます。
まとめ
「FBARを知らなかった」という事実は、Non-Willful Statementの重要な出発点になり得ます。しかし、それだけで非故意性が自動的に認められるわけではありません。なぜ知らなかったのか、その誤解がなぜ善意であったのか、どのような申告を行い、専門家へ何を伝え、警告となる情報にどう対応し、発見後に何をしたのかを具体的に説明する必要があります。
強いStatementとは、強い言葉を使ったStatementではありません。有利・不利を問わず重要な事実を確認し、客観的な資料と整合する時系列を作り、そこから非故意という結論が自然に導かれるStatementです。日本の銀行口座や投資商品について米国での報告漏れが判明した場合は、先に修正申告書を提出するのではなく、利用可能な是正手続と法的リスクを含め、全体を検討することが望まれます。
参考資料
IRS, Streamlined Filing Compliance Procedures: https://www.irs.gov/individuals/international-taxpayers/streamlined-filing-compliance-procedures
IRS, Form 14653(海外居住者向けNon-Willful Certification): https://www.irs.gov/pub/irs-pdf/f14653.pdf
IRS, Form 14654(米国内居住者向けNon-Willful Certification): https://www.irs.gov/pub/irs-pdf/f14654.pdf
免責事項
【免責事項】本稿は一般的な情報提供および教育のみを目的としており、特定の事実関係に対する税務、法律、会計または金融上の助言を構成するものではありません。Streamlined Proceduresの適格性、非故意性、willfulness、利益相反およびAttorney-Client Privilegeの適用は、個々の事実関係により異なります。本稿を根拠として行動する前に、米国国際税務および関連法務に精通した専門家へご相談ください。法律サービスは、該当する場合、Fujimoto Law Corp.との別途の弁護士契約に基づいて提供されます。