米国への移住は、仕事、家族、教育、資産形成など、新しい可能性をもたらす大きな転機です。しかし、移住後の生活設計に集中するあまり、米国税務の準備が後回しになってしまうことがあります。
特に注意したいのが、母国に残している預金口座、証券口座、投資信託、法人持分、不動産などです。これらの資産は、米国の税務上、移住前とはまったく異なる取り扱いを受ける可能性があります。
私たちがクロスボーダー税務の相談を受ける中では、「米国居住者になる前に知っていれば対応できた」という問題が少なくありません。米国移住後に慌てて外国資産を整理するよりも、米国税務上の居住者になる前に資産を確認し、必要な対策を検討することが重要です。
米国市民および米国税務上の居住者は、原則として全世界所得を米国の個人所得税申告書に含めなければなりません。
つまり、米国外で受け取った次のような所得も、米国のForm 1040に含まれる可能性があります。
「米国外で得た所得だから米国には関係がない」「母国ですでに税金を支払っているため米国では申告しなくてよい」と考えてしまう方もいます。しかし、外国で税金を支払っていても、米国での所得申告が不要になるとは限りません。
一定の場合には外国税額控除を利用して二重課税を軽減できますが、所得そのものは米国の申告書に含めたうえで、外国税額控除などを計算するのが一般的です。
外国人であるAさんが、移民ビザを取得し、翌年4月に米国へ移住する予定だとします。
Aさんには、次のような資産があります。
米国移住前は、ごく一般的な資産構成に見えるかもしれません。しかし、Aさんが米国税務上の居住者になると、これらの資産について、米国で複数の申告義務が発生する可能性があります。
米国人が外国金融口座について最初に確認すべき制度の一つがFBARです。FBARは所得税申告書の一部ではなく、FinCEN Form 114として電子申告します。
原則として、外国金融口座の年間最高残高の合計が暦年中のいずれかの時点で1万ドルを超えた場合、FBARの提出が必要になる可能性があります。この1万ドルは口座ごとの基準ではなく、対象となる外国口座全体の合計額です。IRSのFBAR案内
たとえば、外国銀行の普通預金に4,000ドル、定期預金に3,000ドル、外国証券口座に5,000ドル相当を保有していた場合、個々の口座は1万ドル以下でも、合計額が1万ドルを超えるため、FBARの対象になる可能性があります。
FBARでは、銀行口座だけでなく、外国証券口座、一定の外国投資口座、現金価値を持つ外国保険商品なども対象となることがあります。また、本人が所有する口座だけでなく、署名権限を持つ口座についても報告が必要になる場合があります。
外国金融資産の報告には、FBARのほかにForm 8938があります。Form 8938は、Form 1040などの連邦所得税申告書に添付するフォームです。
Form 8938の対象となるかどうかは、申告区分、米国内または米国外の居住状況、外国金融資産の年末残高および年間最高額によって判断されます。たとえば、米国内に居住する独身者または夫婦個別申告者の場合、原則として年末時点で5万ドル超、または年中のいずれかの時点で7万5,000ドル超の指定外国金融資産を保有すると、報告対象になる可能性があります。夫婦合算申告や米国外居住者には、より高い基準額が設定されています。IRSのForm 8938案内
FBARを提出すればForm 8938が不要になるわけではありません。反対に、Form 8938を提出したからといってFBARが不要になるわけでもありません。両者は報告先、対象資産、基準額、提出方法が異なるため、それぞれについて判定する必要があります。
なお、外国不動産を個人が直接所有している場合、その不動産自体は通常、FBARやForm 8938の対象にはなりません。ただし、不動産を外国法人などを通じて所有している場合、その外国法人の持分がForm 8938などの対象になる可能性があります。IRSによるFBARとForm 8938の比較
米国移住者にとって特に大きな問題になりやすいのがPFICです。PFICとはPassive Foreign Investment Companyの略称で、一定の所得基準または資産基準を満たす外国法人を指します。
外国の証券会社で購入した投資信託、外国籍ETF、マネー・マーケット・ファンドなどは、PFICに該当する可能性があります。商品名に「米国株式」「S&P 500」「グローバル株式」などと記載されていても、ファンド自体が米国外で設立された外国法人であれば、PFICとなる可能性があります。
PFICを保有する米国人には、原則としてPFICごとにForm 8621の提出が必要になることがあります。IRSのForm 8621説明書
PFICの問題は、単にフォームを一枚追加すれば終わるものではありません。Section 1291の原則的な課税方法が適用されると、一定の分配や売却益が保有期間に配分され、過年度部分について高い税率と利息が計算されることがあります。その結果、通常の長期キャピタルゲイン税率を利用できず、計算も非常に複雑になる可能性があります。
QEF選択やMark-to-Market選択を検討できる場合もありますが、適用要件、必要資料、選択時期を確認しなければなりません。特にQEF選択には、通常、外国ファンドからPFIC Annual Information Statementを入手する必要があります。しかし、多くの外国投資信託は米国投資家向けの商品ではないため、この資料を発行していません。
そのため、米国居住者になる前に外国投資信託を一覧化し、各商品の法的形態、設立国、ISIN、取得日、取得価額、現在価値および含み損益を確認することが重要です。
PFIC問題は、自分で購入した外国投資信託だけに限定されません。相続や贈与によって取得した外国投資信託も、米国税務上の居住者となった後はPFICとして扱われる可能性があります。
「相続した資産だから課税されない」「自分で選んで購入した商品ではない」という事情だけで、PFICの報告義務がなくなるわけではありません。
また、外国人または外国遺産から一定額を超える相続や贈与を受けた場合には、Form 3520による情報報告が必要になることもあります。外国相続が非課税であるかどうかと、情報申告が必要かどうかは別の問題です。
相続した資産については、相続日、被相続人の死亡日、評価額、取得価額、相続税関係資料、証券口座明細などを保管しておくことが大切です。
Aさんは外国の不動産会社の株式を20%保有しています。この場合、米国居住者になった後、Form 5471などの外国法人情報申告が必要になる可能性があります。
外国法人については、一般に議決権または株式価値の10%以上を保有するかどうかが重要な判定要素になります。ただし、直接保有だけではなく、配偶者、親族、法人、パートナーシップ、信託などを通じた間接保有やみなし保有が考慮される場合があります。
また、米国株主が合計で外国法人の議決権または株式価値の50%を超えて保有すると、その会社がControlled Foreign Corporation、いわゆるCFCに該当する可能性があります。CFCに該当すると、実際に配当を受け取っていなくても、Subpart F所得やGILTIなどを米国で申告しなければならない場合があります。
「小さな家族会社だから関係ない」「利益を配当していないから米国税は発生しない」とは限りません。外国法人を保有している場合には、株主名簿、議決権、会社の貸借対照表、損益計算書、配当履歴、関連当事者取引などを事前に確認する必要があります。
外国不動産を直接所有している場合、不動産そのものは通常FBARの対象ではありません。しかし、米国税務上の居住者となった後に受け取る賃貸収入は、原則として米国の所得税申告書に含めます。
収入だけでなく、固定資産税、管理費、修繕費、保険料、借入利息などの必要経費を計上できる可能性があります。また、米国税務上のルールに基づいて建物部分の減価償却を計算する必要があります。
外国で申告した所得と米国で計算する所得が一致するとは限りません。減価償却方法、土地と建物の配分、通貨換算、経費の取り扱いなどが異なるためです。
そのため、外国不動産については、購入契約書、相続資料、土地・建物の評価資料、過去の修繕記録、賃貸契約書および外国税申告書を準備しておくことをおすすめします。
米国移住前のプランニングでは、「いつ米国税務上の居住者になるのか」を正確に判断する必要があります。
外国の米国大使館または領事館から移民ビザを発給された日と、米国税務上の居住開始日は、必ずしも同じではありません。
たとえば、2026年に外国で移民ビザを取得し、2027年4月1日に初めて米国へ入国してLawful Permanent Residentとして認められた場合、他の居住者判定に該当しないことを前提として、一般的には2027年4月1日が米国税務上の居住開始日になります。IRSも、グリーンカードテストによる居住開始日は、通常、Lawful Permanent Residentとして米国に滞在した最初の日であると説明しています。IRSのグリーンカードテスト
ただし、移住前に米国で長期間滞在し、Substantial Presence Testを満たしている場合は、グリーンカードによる入国日より前に米国税務上の居住者となる可能性があります。したがって、ビザの種類だけでなく、過去3年間の米国滞在日数も確認しなければなりません。
居住開始年は、通常、非居住者期間と居住者期間が存在するDual-Status Yearとなります。どの所得が米国の全世界所得課税の対象になるかを判断するためにも、居住開始日が極めて重要です。
米国で生まれた子どもや米国市民権を取得した子どもは、外国に住んでいても、原則として米国の全世界所得課税および外国金融資産報告の対象となる可能性があります。
幼い子どもであっても、本人名義の銀行口座、証券口座、投資信託または贈与された資産がある場合、子ども自身についてForm 1040、FBAR、Form 8938またはForm 8621などの提出義務が発生することがあります。
特に外国の祖父母が米国市民である孫のために投資信託口座を開設するケースでは、PFICや外国贈与報告の問題が生じることがあります。「子どもだから申告は不要」と判断せず、資産の名義、管理者、残高および所得を確認することが必要です。
米国移住前の対策は、外国資産を一律に売却することではありません。売却によって母国で課税が発生したり、投資上不利になったり、相続計画に影響したりすることもあります。
まずは次の情報を整理することが重要です。
この情報を基に、外国投資信託を移住前に処分するか、個別株式や米国籍ETFへの変更を検討するか、外国法人の持分を維持するか、外国不動産をどのように管理するかを分析します。
対策は、資産の価値、含み益、母国での課税、米国居住開始日、家族関係、将来の相続計画などによって異なります。したがって、単に「10%未満にすればよい」「外国投資信託はすべて売却すべき」と機械的に判断するのではなく、米国と外国双方の税務を考慮した個別分析が必要です。
米国税務上の居住者になった後でも資産整理は可能ですが、PFIC株式の売却益、外国法人からの分配、外国資産の譲渡などが米国課税の対象になる可能性があります。
一方、居住開始前に適切な取引を完了できれば、米国税務上の問題を軽減できる場合があります。ただし、居住開始直前の贈与、法人持分の移転、投資商品の売却などには、母国の税金、米国の贈与税、みなし所有ルール、将来の相続税などが関係するため、慎重な検討が必要です。
理想的には、米国への移住予定日の6カ月から12カ月前に資産レビューを開始することをおすすめします。少なくとも、移住直前になってからではなく、取引や口座変更に必要な時間を確保できる時期に専門家へ相談することが望ましいでしょう。
米国への移住は、生活の拠点を移すだけではありません。税務上は、これまで外国だけで管理していた所得、口座、投資商品、法人および不動産が、米国の申告制度の中に入ることを意味します。移住前に自分の資産を正確に把握し、居住開始日と申告義務を確認することが、将来の予期しない税金、利息、罰金および複雑な修正申告を防ぐための第一歩です。
本記事は一般的な教育および情報提供のみを目的としており、特定の個人または取引に対する税務、法律、投資もしくは移民上の助言を提供するものではありません。米国税務上の居住開始日、外国金融資産の報告義務、PFIC、外国法人、外国不動産、相続および贈与の取り扱いは、個々の事実関係、適用される租税条約、米国法および外国法によって異なります。具体的な対応を行う前に、米国および関係国の法令に精通した資格ある専門家へご相談ください。